個人事業主が陥りやすい失敗⑧:収支の管理が甘く、どんぶり勘定になる
## はじめに
「銀行口座に入金があるから儲かっている」
「経費の記録って後でまとめてやればいいか」
「税金のことは確定申告の時に考えよう」
このような考えが頭をよぎったことはありませんか?多くの個人事業主が陥る第8の失敗パターンが、この「収支の管理が甘く、どんぶり勘定になる」という問題です。売上は増えているのに手元にお金が残らない、気づいたら税金の支払いに困るといった状況を引き起こす大きな要因となっています。
前回の「なんでも自分でやろうとして時間を浪費する」に続き、今回は事業の健全性を保つための収支管理について探っていきます。
## よくある失敗例:どんぶり勘定で資金繰りに悩むプログラマー
IT企業を退職し、フリーランスのプログラマーとして独立しました。技術力の高さから案件は順調に入り、個人口座に報酬が振り込まれるたびに「儲かっている」と実感していました。
しかし、吉田さんの資金管理には以下のような問題がありました:
1. **曖昧な収支管理**
– 経費と売上を正確に記録していない
– 事業用と生活費のお金を区別していない
– レシートや領収書を整理せずに保管
2. **資金の見通しの甘さ**
– 税金の準備をしていない
– 大型案件の前払い報酬を生活費などに使ってしまう
– 実際の利益率を把握していない
この結果、吉田さんは初年度の確定申告時に必要な経費の証明ができず、想定以上の税金を支払うことになりました。また、前払いされた大型案件の報酬を生活費などに使ってしまい、その仕事を完了させるための外注費用が払えないという危機的状況に陥りました。
「なんとなく儲かっている」という感覚だけで経営していたことが、大きな落とし穴となったのです。
## なぜ「どんぶり勘定」が危険なのか?
「細かい数字はあまり気にせず、大まかに管理すれば十分」という考え方には、いくつもの危険性が潜んでいます:
### 1. 実際の利益率がわからない
売上と経費を正確に把握していないと、以下のような問題が生じます:
– **売上から経費を引いた真の利益が見えない**:「売上=利益」と誤解し、実際よりも儲かっていると錯覚する
– **赤字案件の特定ができない**:どの仕事が採算が取れていないのか分からないため、改善できない
– **固定費や変動費の割合が不明**:コスト構造が把握できず、効率化の余地を見出せない
例えば、月に100万円の売上があっても、経費が80万円かかっているならば、実際の利益は20万円に過ぎません。
### 2. 税金の準備不足
個人事業主にとって税金は「後払い」です:
– **売上の一部は税金として取っておく必要がある**:事業が好調なほど税金も増える
– **所得税・住民税・消費税など複数の税金**:種類ごとに支払い時期も異なる
– **予想外の追徴課税のリスク**:記録が不十分だと控除を受けられないことも
税金の準備不足は、事業が軌道に乗った2年目以降に特に顕著な問題として表面化することが多いです。
### 3. キャッシュフローの悪化
入金と支払いのタイミングのズレは、資金繰りを著しく悪化させます:
– **入金サイクルと支払いサイクルの不一致**:請求から入金まで2ヶ月かかっても、経費は毎月発生する
– **季節変動への対応不足**:繁忙期と閑散期の収入格差に備えられない
– **大型案件の資金管理の難しさ**:前払いされた報酬を使い切ってしまい、実際の業務遂行に支障をきたす
キャッシュフローの問題は、収益性のある事業でも資金ショートを引き起こす主要因です。
### 4. 価格設定の誤り
コストを正確に把握できていないと、適切な価格設定ができません:
– **原価の把握不足**:実際にかかるコストを反映していない価格設定になる
– **自分の労働時間の過小評価**:時間単価が実質的に低くなってしまう
– **間接費の未計上**:事務作業や営業活動などの時間コストを考慮しない
売上は伸びても利益が増えない、あるいは労働時間だけが増えるという状況を招きます。
### 5. 経営判断の誤り
数字に基づかない感覚的な判断は、誤った経営判断につながります:
– **過剰な設備投資**:実際の収益性を考慮せず、「調子がいいから」と投資してしまう
– **拡大のタイミングミス**:客観的な成長指標がないまま事業拡大を決断する
– **縮小の判断遅れ**:赤字状況を正確に把握できず、必要な撤退判断が遅れる
## 対策:シンプルでも確実な収支管理の仕組みを作る
では、このような失敗を避けるために、どのようなアプローチが効果的でしょうか?
### 1. 事業用口座の分離
まず最初に実践すべきなのが、個人と事業のお金を分けることです:
– **事業専用の銀行口座を開設する**:可能であれば複数(売上入金用・経費支払い用・税金預金用)
– **事業の売上はすべて事業用口座に入れる**:例外を作らないことが重要
– **事業の経費は事業用口座から支払う**:個人のカードや口座を使わない
– **定期的に「給料」として個人口座に移す**:自分への報酬を明確にする
この分離だけでも、収支の見える化が大きく進みます。
### 2. 記帳の習慣化
日々の取引を記録する習慣が、収支管理の基本です:
– **決まった曜日・時間に記帳する**:例えば毎週金曜日の夕方30分など
– **入出金をその都度または定期的に記録する**:複式簿記が難しければ、単純な収支記録でも
– **デジタルツールの活用**:Excel、Googleスプレッドシート、会計ソフトなど
– **科目分類を簡易的にでも行う**:「売上」「材料費」「交通費」など
### 3. レシート・領収書の管理
証憑書類をきちんと保管することも重要です:
– **レシートを撮影してデジタル化**:スマホアプリを活用
– **紙の領収書は専用ファイルで整理**:月ごとや科目ごとなど
– **クレジットカード明細の保存**:電子データで保存
– **経費の証明になるメールの保存**:サブスクリプションの契約確認メールなど
### 4. 税金の事前準備
税金は「売上の一部」という意識を持ち、事前に準備しておきましょう:
– **売上の約30%を税金用に別口座に確保する**:所得に応じて20〜45%程度必要
– **消費税の預かり分も別管理**:課税事業者の場合、預かった消費税は自分のお金ではない
– **納税スケジュールの把握**:所得税(3月)、消費税(3月/4月)、住民税(6月〜翌年5月)など
### 5. 定期的な収支確認
事業の健全性をチェックする習慣も欠かせません:
– **月に一度は売上・経費・利益を確認する**:月次決算の感覚
– **四半期ごとに収支傾向を分析する**:前年同期との比較など
– **年間見通しを立て、適宜修正する**:目標と実績の差異分析
## クラウド会計の活用
近年は個人事業主でも手軽に使えるクラウド会計ソフトが充実しています。これらを活用することで、収支管理の負担を大きく軽減できます:
### メリット
– **銀行口座と連携し自動で取引を記録**:手入力の手間が大幅に削減
– **レシートをスマホで撮影するだけで経費登録**:紙の保管が不要に
– **確定申告の書類作成をサポート**:青色申告決算書なども自動作成
– **スマホでいつでも収支状況を確認可能**:外出先でも現状把握ができる
– **税理士とのデータ共有が容易**:相談しやすい環境が作れる
### 代表的なサービス
– **freee、マネーフォワード、やよいの青色申告オンライン**など
– 月額数百円〜数千円で利用可能
– 無料お試し期間を設けているサービスも多い
初期設定に少し時間がかかるものの、一度慣れれば日々の記帳作業は数分で完了することも多く、投資対効果は非常に高いと言えます。
## 成功事例:収支管理の習慣化で安定経営を実現したウェブデザイナー
広告会社を退職し、ウェブデザイナーとして独立しました。開業時から以下のような収支管理の仕組みを導入しました
1. **銀行口座の使い分け**
– 事業用の銀行口座を3つ開設(入金用・経費支払い用・税金用)
– 売上の30%は自動的に「税金用口座」に振り分けるルールを設定
2. **定期的な管理の習慣化**
– 毎週金曜日の夕方30分を「経理の時間」と決め、その週の領収書の整理と入力を実行
– 月末に月次収支を確認し、目標との差異を分析
3. **クラウド会計ソフトの活用**
– スマホで領収書を撮影してデータ化
– 銀行口座と連携し、取引を自動記録
– 案件ごとの利益率も把握
この習慣により、佐々木さんはいつでも事業の収支状況を把握できるようになりました。価格設定や事業拡大の判断も数字に基づいて行えるようになり、確定申告もスムーズに完了。急な出費や季節変動にも慌てることなく対応できるようになりました。
「以前は税金の支払い時期が近づくと不安だったけれど、今は準備ができているので安心して事業に集中できます」と佐々木さんは語ります。
## 実践アドバイス:超シンプルな収支管理からスタート
「面倒くさい」「数字に弱い」という方も多いと思います。しかし、複雑なシステムは必要ありません。まずは以下の「超シンプル版」から始めてみましょう:
### 1. 今すぐ事業用の口座を作る
ネットバンクなら即日開設可能です。最初は1つの口座からスタートしても構いません。
### 2. 売上はすべて事業用口座に入れる
例外を作らないことが重要です。すべての事業収入をこの口座に入れる習慣をつけましょう。
### 3. 事業の経費は事業用口座から支払う
個人のお金と分けることで、一目で事業の動きが分かるようになります。
### 4. 自分への給料を決める
月に一度、決まった金額を個人口座に移すようにしましょう。事業のお金と生活費を区別する意識が生まれます。
### 5. Excelか無料アプリで最低限の記録
日付、内容、金額の3項目だけでも記録しておけば、後から分析が可能です。
## まとめ:収支管理は事業の羅針盤
収支管理は「やらないと困る」という消極的な理由だけでなく、「事業の健全性を示す羅針盤」として前向きに活用しましょう。数字に基づいた経営判断ができるようになれば、事業の成長スピードも変わってきます。
特に独立したての1〜2年目は、収支管理の習慣づくりが将来の安定経営を左右すると言っても過言ではありません。複雑な会計知識は必要なくても、基本的な収支の把握と記録の習慣は、すべての個人事業主に不可欠なスキルです。
シンプルな仕組みからでも構いません。まずは行動を起こし、徐々に自分に合ったシステムに育てていくことが大切です。収支の見える化が進めば、より自信を持った経営判断ができるようになり、ビジネスの成長にもつながるでしょう。
次回は「同業者や専門家とのつながりがなく孤立する」というテーマでお届けします。相談相手がいないと、行き詰まったときに方向転換ができず迷走するという問題について解説しますので、どうぞお楽しみに。
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*この記事は「開業したての個人事業主が陥りやすい失敗談10選」シリーズの第8回目です。個人事業主として成功するための知識やノウハウを、全10回にわたってお届けします。*





















こんにちは、愛知県豊橋市を拠点として全国の中小企業の皆さんの、集客と販売促進のサポートを、デザイナーとコンサルタント両方の視点でサポートしている、販促工房の笹野です。