個人事業主が陥りやすい失敗②:「誰にでも」が招く「誰にも届かない」ジレンマ
はじめに
「できるだけ多くの顧客を獲得したい」という思いから、多くの個人事業主は「誰にでも対応できます」という姿勢でビジネスを始めます。しかし皮肉なことに、このアプローチが「誰にも響かない」という結果を招いてしまうことが少なくありません。
前回の「明確なビジネスプランがない」に続き、今回は開業したての個人事業主が陥りやすい2つ目の失敗「ターゲットが曖昧で、誰に売りたいのかが明確でない」について掘り下げていきます。
「誰にでも売れる」の落とし穴:実例から学ぶ
佐藤さんのケース:広すぎるターゲットの代償
デザイン会社での5年間の経験を活かし、ウェブデザイナーとして独立しました。技術には自信があった佐藤さんは、「業種を問わず、どんなクライアントでも対応できる万能ウェブデザイナー」として自分を売り出すことにしました。
佐藤さんの行動と結果は以下のとおりでした
1. **汎用的なポートフォリオサイトの作成**
- 様々な業種のデザインサンプルを少しずつ掲載
- 「あらゆるご要望にお応えします」というメッセージを前面に
- 特定の強みや専門性をアピールすることはなし
2. **SNSでの非特化型マーケティング**
- 「ウェブサイト制作承ります」という一般的な投稿
- 幅広いハッシュタグの使用(#ウェブデザイン #ホームページ制作 #集客 など)
- 特定の悩みや課題に焦点を当てた発信はなし
3. **結果**
- 開業から3ヶ月経っても問い合わせはわずか2件
- その2件も値引き交渉が厳しく、利益はほとんど出ない
- 営業活動にかける時間と労力に対して、成果が見えない状態
### 対照的な成功例:特化型アプローチ
一方、佐藤さんと同時期に独立した友人のAさんは、「飲食店専門のウェブデザイナー」として明確に打ち出しました。Aさんは以下のアプローチを取りました:
1. **飲食店に特化したポートフォリオ**
- カフェ、レストラン、居酒屋などのサイト制作実績を集中的に掲載
- 「予約率が30%向上した実績あり」など、具体的な成果をアピール
- 飲食店特有の課題(予約システム、メニュー表示など)への対応力を強調
2. **飲食店オーナー向けの的確な発信**
- 「コロナ禍でテイクアウト需要を取り込むサイト設計」など、時事的な話題
- 地域の飲食店オーナーが集まる勉強会やイベントへの積極参加
- 飲食店向けの無料ウェビナーの開催
3. **結果**
- 開業3ヶ月で月に5件の新規案件を獲得
- 紹介や口コミでの問い合わせが増加
- 「飲食店のウェブサイトならAさん」という評判の確立
両者の明暗を分けたのは、ターゲット設定の明確さでした。佐藤さんはこの状況に焦りを感じ始め、自分のアプローチを見直す必要性を感じています。
なぜ「誰にでも」アプローチは失敗しやすいのか?
「誰にでも対応できます」というアプローチが失敗しやすい理由は、ビジネスの基本原則に関わる問題があります。具体的には以下の4つの問題が発生します:
1. マーケティングメッセージが薄まる
マーケティングの基本は「お客様の心に刺さるメッセージ」を届けることです。しかし、幅広い顧客層をターゲットにすると:
- *共感を生み出せない**:「あなたのような人のために作りました」というメッセージが伝えられない
- **具体性に欠ける**:汎用的な言葉では、顧客の具体的な悩みや課題に響かない
- **埋もれやすい**:似たような汎用的メッセージが溢れる中で、注目されにくい
例えば、「ウェブサイト制作します」と「飲食店の予約率を30%アップさせるサイト制作」では、後者の方が飲食店オーナーの心に刺さるのは明らかです。
2. 専門性が伝わらない
現代の消費者は「専門家」を求める傾向が強まっています。「何でもできる」と主張すると
- **浅い知識と判断される**:多くの分野に対応できるということは、どの分野も深くはないと解釈される
- **信頼性の低下**:「すべてを知っている人」よりも「この分野だけは誰よりも詳しい人」の方が信頼される
- **差別化要因の喪失**:他の「何でも屋」と区別がつかなくなる
医師が「全ての病気を治せます」と言うより「消化器内科の専門医です」と言う方が安心感があるのと同じ原理です。
3. 価格競争に陥りやすい
差別化できない商品やサービスは、必然的に価格競争に陥ります
- **コモディティ化**:特別な価値が見いだせないため、価格だけで判断される
- **利益率の低下**:値下げ圧力に耐えられず、適正な利益を確保できない
- **悪循環の発生**:利益が出ないため投資できず、さらに価値が低下する
特化型のビジネスは「唯一無二の存在」になれるため、適正な価格設定が可能になります。
4. 広告や営業の効率が悪い
マーケティングリソースは常に限られています。特に個人事業主は時間もお金も有限です
- **広告効率の悪化**:幅広いターゲットに届けようとすると、広告コストが膨大になる
- **営業活動の分散**:様々な業種や顧客層にアプローチするため、専門知識の蓄積が進まない
- **リソースの無駄遣い**:あらゆる顧客に対応するための準備や学習が必要となり、効率が悪い
ターゲットを絞れば、限られたリソースを最も効果的な場所に集中投下できます。
対策:効果的なターゲット絞り込み戦略
ターゲットを絞ることに不安を感じる方は多いですが、これは成功への近道です。以下の4つのステップで効果的にターゲットを絞り込みましょう
1. ペルソナ(理想のお客様像)の作成
架空の理想的な顧客を具体的に設定することで、マーケティングの焦点が明確になります
**ペルソナ設定の例**
名前 | 鈴木誠(45歳) |
職業 | 創業10年目の寿司店オーナー |
家族構成 | 妻と高校生の子供2人 |
年収 | 店舗収入で約800万円 |
悩み | コロナ禍でテイクアウト需要が増えたが、ウェブでの注文システムがない |
価値観 | 伝統と革新のバランスを大切にしている |
情報収集 | Instagram、料理人向けのFacebookグループ、業界誌 |
性格 | 真面目で堅実、新しいことへの挑戦に慎重だが前向き |
このようなペルソナを作成することで、「この人に届く言葉は何か」「この人の課題解決にどう貢献できるか」を具体的に考えられるようになります。
2. ニッチな市場の開拓
大きな池の小さな魚になるより、小さな池の大きな魚になる方が有利です:
- **競合が少ない領域を探す**:誰もが目を向ける市場ではなく、見過ごされている隙間市場を見つける
- **自分の強みを活かせる分野**:あなたの経験、スキル、人脈が最大限に活きる市場を選ぶ
- **成長可能性のある市場**:小さくても成長率の高い、将来性のある市場を選ぶ
例えば「ウェブデザイン」という広い市場ではなく、「地方の伝統工芸品店のためのEC対応ウェブサイト制作」といった具体的なニッチを見つけることが重要です。
3. お客様の言葉で話す
ターゲットを絞り込んだら、その顧客層が普段使っている言葉や価値観を理解し、それに合わせたコミュニケーションを行います:
- **業界用語の適切な使用**:専門性を示すため、適切な専門用語を使う
- **顧客の課題を正確に表現**:「あなたはこんな問題を抱えていますよね」と共感を示す
- **価値観の共有**:「私もあなたと同じように〇〇を大切にしています」と価値観の一致を示す
例えば、飲食店オーナー向けなら「コンバージョン率」ではなく「予約率」「再来店率」といった言葉を使うことで、理解と共感が深まります。
4. 解決できる特定の問題に焦点を当てる
「何でもできる」よりも「この問題だけは確実に解決できる」と明言する方が信頼を得られます
- **具体的な課題解決**:「売上アップ」という漠然とした約束ではなく、「予約システム導入による機会損失の削減」といった具体的な解決策を提示
- **測定可能な成果**:「〇〇%向上」「××円の増収」など、数値で表せる成果を約束
- **プロセスの明確化**:どのように問題を解決するのか、そのプロセスを明示する
例えば「ウェブサイトを作ります」ではなく、「スマホからの予約が簡単にできるシステムで、深夜の問い合わせにも自動対応し、予約率を向上させます」という提案の方が魅力的です。
成功事例:ターゲット絞り込みが生んだ専門家の地位
田中さんの転換点
大手メーカーでのエンジニア経験を活かし、ITコンサルタントとして独立しました。当初は「IT導入支援」という広い看板を掲げていましたが、問い合わせは月に1件程度と振るいませんでした。
転機となったのは、ある町工場からの相談でした。そこでの成功体験をきっかけに、田中さんは次のような絞り込みを行いました:
1. **超特化型のポジショニング**:
「従業員30名以下の町工場向けの生産管理システム導入コンサルタント」と明確に定義
2. **独自の強みの明確化**:
– 自身の工場勤務経験(3年間の現場経験)を前面に出す
– 「現場作業員の視点を理解したシステム設計」を強調
– 「大企業向けの高額システムではなく、中小企業の予算に合った導入プラン」を提案
3. **特化型の情報発信**:
– 町工場経営者向けのブログ記事を定期配信
– 「町工場のためのDX入門セミナー」を無料で開催
– 工業団地の集まりや中小企業向け展示会に積極参加
この転換により、田中さんへの問い合わせは月に10件以上に増加。「町工場のIT化といえば田中さん」と呼ばれるようになり、現在では数ヶ月先まで予約で埋まる人気コンサルタントとなりました。
特に効果的だったのは、「従業員30名以下」「町工場」という具体的な数字や言葉で対象を絞り込んだことです。これにより、まさにその条件に当てはまる経営者が「自分のための専門家だ」と感じ、反応するようになりました。
実践アドバイス:ターゲット絞り込みへの不安を乗り越える
「でも客層を絞ると機会を逃すのでは?」という不安は自然なものです。しかし、以下の点を理解すれば、その不安を乗り越えられるでしょう:
1. 絞り込みは永続的なものではない
最初にターゲットを絞り込んでも、実績と信頼を積み重ねた後に徐々に範囲を広げることは可能です。むしろ、「町工場のITコンサルタント」として成功した後に「中小製造業全般のDXアドバイザー」へと発展させる方が、説得力があります。
2. 「誰にでも」より「特定の誰か」の方が反応率が高い
100人に届いて1人が反応する広いターゲティングより、10人に届いて3人が反応する絞り込んだターゲティングの方が、結果的に多くの顧客を獲得できます。
3. 口コミや紹介が生まれやすい
「〇〇専門の△△さん」という明確な肩書きは記憶に残りやすく、紹介されやすいという利点があります。「ウェブデザイナーの佐藤さん」よりも「飲食店専門のウェブデザイナー、佐藤さん」の方が、紹介されるチャンスは格段に増えます。
4. 価格競争から脱却できる
特定の分野の専門家として認知されれば、「安いから」ではなく「あなたの専門性が必要だから」という理由で選ばれるようになります。これにより、適正な価格設定が可能になります。
まとめ:勇気を出して、絞り込む一歩を踏み出そう
「誰にでも対応できます」という姿勢は、実は「誰にも刺さらない」というリスクをはらんでいます。短期的には機会損失のように感じるかもしれませんが、長期的に見れば、ターゲットを絞り込む方がビジネスの成長につながります。
まずは「これだけは誰にも負けない」という領域を見つけ、そこに集中することで専門家としての信頼を築きましょう。その基盤があれば、将来的な事業拡大の可能性も広がります。
ターゲット設定は、単なるマーケティング戦略ではなく、あなたのビジネスのアイデンティティを形作る重要な決断です。勇気を出して「誰か」のための専門家になることで、多くの人に価値を提供できるパラドックスを受け入れてみませんか?
次回は「価格設定が低すぎて利益が出ない」というテーマで、「安ければ売れる」という考え方の落とし穴について解説します。どうぞお楽しみに。
— *この記事は「開業したての個人事業主が陥りやすい失敗談10選」シリーズの第2回目です。個人事業主として成功するための知識やノウハウを、全10回にわたってお届けします。



















こんにちは、愛知県豊橋市を拠点として全国の中小企業の皆さんの、集客と販売促進のサポートを、デザイナーとコンサルタント両方の視点でサポートしている、販促工房の笹野です。